都内のインターナショナルスクール・アメリカンスクールを経てボストン大学へ。大学を卒業後ニューヨークのAmerican Musical and Dramatic Academy (AMDA)にて演技の基礎を学ぶ。元ABTの施設だった訓練所はリンカーンセンターの真裏と環境もよく、朝から晩まで毎日芝居漬けの充実した二年間を過ごす。
特に近代演劇の技法を用いて、シェイクスピアの言葉の面白さにを活かす事に衝撃を受ける。またレイピアやブロードソードなどを使った西洋式の殺陣でも頭角を現す。
訓練所を卒業後ニューヨークにて俳優としての活動を開始。舞台やショートフィルムで演じながらマネージャーを見つけ、MTVや日系企業のCM、大手通信会社のスチール等もこなすようになって行く。
演じる傍らでチャンバラショーを行うグループや、やよさこいで営業に回るチームなども掛け持ちし、パフォーマーとしても数多くの舞台経験を積む。
幼少の頃より夢中だったサムライが海外に於いても需要が有る事を知り、より良いものを提供できるようになるため帰国を決意。
帰国後、時代モノの商業舞台で東京、名古屋、大阪を回る。日本でやって行くには、日本の演劇特有の価値観や台詞回しが必要だと思い、文学座附属演劇研究所に入所。
同所卒業後は本格的に殺陣の稽古に励みながら、舞台以外にもドラマや映画にも活動の幅を広げ、色々な現場で経験を積みながら役者としての道を邁進中である。